トンネル貫通の記念品 =志野筍絵= | あったらいいなGallery Gallery HOME |
東海環状自動車道 久々利第3トンネル 貫通記念品 | ||
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トンネルをイメージして作りました。 特別注文生産品 |
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志野筍絵
昭和5年 当時、志野・織部は瀬戸で焼かれていたと言う事が定説となっていた。故・荒川豊蔵氏(後に人間国宝に認定される)が志野は美濃で焼かれていたと言う仮説の元、久尻・大萱等窯跡を捜し歩いていた時、四月十二日月夜に光るモノが有りそれを拾った四月九日に魯山人と共に名古屋関戸家で見た『志野筍絵茶碗』に描かれていたのと同じ筍が描かれた『志野筍絵茶碗』の破片だった。以後、発掘調査を繰り返し、志野・織部・黄瀬戸・瀬戸黒が美濃で焼かれていた事が実証された。 |
貫通石(別名:安産石)
安産の石の由来 |
今日では最後の発破地点の石ということで「難関突破」「初志貫徹」という意味から入試のお守りとするなど、その石を持つ人それぞれの思いが託されるようになっています。 |
一本の隧道を貫通させるには、永い年月を掛け、地球誕生以来、 人類誰もが足を踏み入れたことのない地中深き神聖なる大地の
中、隧道掘削において、自然の地圧に命を懸けて戦い抜いた男 達が、心ある女に命を懸け娶り、子を産ませるに神聖なる隧道
の貫通石を持たせた処、男の苦労の想いが込められたせいか無 痛分娩の安産で強靭なる子を授かったとさ。これ以来、隧道貫
通石は、婦人の宿命である分娩の苦痛を婦人に替わり、男達が 隧道掘削により苦痛を全部背負い汗と水に流したといわれ、安
産守護石になったとされている。 |
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